クラウス・ノミ

6年ぶりに帰ってきた「ドリームマッチ2020」

 

昼間の番宣で過去のドリームマッチが放送され、見たい欲求を猛烈に掻き立てられていた麦は、もちろん観ていました!

(録画までする念の入れようで。笑)

 

そんな中、ハライチ今井さん渡辺直美さんのネタで大爆笑!!

 

今井さん演じる「塩の魔神」と渡辺直美さん演じる「醤油の魔神」の

ミュージカル的な歌と音楽が頭から離れず、奇抜な衣装が印象的すぎて、しばらくリピート観しそう!!

 

そんな忘れられないネタですが、塩の魔神がドイツ出身の歌手「クラウス・ノミ」をオマージュしたものでは?

と巷で話題になっています。

 

「クラウス・ノミ」の事をまったく知らない麦ですが、

上の世代の方は知っているようなので、有名人には違いないようです。

 

そこで、「クラウス・ノミ」のプロフィールや作品などを調べてみました!

 

「クラウス・ノミ」のプロフィールは?wiki風まとめ

クラウス・ノミ

チャップリンのような個性的な出で立ちがユニークな

「クラウス・ノミ」さんのプロフィールをwiki風にまとめてみました。

 

プロフィール

  • 名前:クラウス・ノミ
  • 英語表記:Klaus Nomi
  • 本名:クラウス・シュペルバー(Klaus Sperber)
  • 誕生日:1944年1月24日
  • 没年:1983年8月6日(39歳没)
  • 出身:ドイツ・バイエルン州インメンシュタット
  • 職業:歌手・パフォーマー

 

クラウス・ノミの生い立ち~下積み時代

ドイツの厳格な家庭に生まれたクラウス・ノミは、少年時代にマリア・カラスに影響され、ソプラノ歌手を志します。

 

ベルリンの音楽学校でオペラ歌手としての訓練を積み、1972年に卒業。

その年、ニューヨークに移り住みます。

 

歌手活動やマネキンのパフォーマンスなどをしながらホテルのパティシエもしていて、

菓子作りの腕は職人並だったそうです!

 

なんと、ケーブルテレビなどで紹介されたりもしていたというから、多彩な才能の持ち主であることが分かります。

ちなみに、得意なお菓子は「ライム・タルト」なんだそうな^^

 

そんなパティシエ時代からほどなく、

クラウス・ノミはニューヨークのライヴハウスに出演するようになります。

 

クラウス・ノミのライブハウス時代

真っ白の厚化粧に、奇抜な服装を身にまとったクラウス・ノミは、

カウンターテナーでアリアからポップ・ミュージックに至るまで、オリジナル楽曲と風変わりなアレンジでカヴァーした楽曲を披露!

 

アンダーグラウンド・シーンで、あっという間に注目を集める存在になりました。

 

それにしても、元々オペラ歌手としての訓練を積んでいるだけあって、歌の幅が広いですよね!

 

そういえば、「白日」という曲が大ヒットし、最近話題のJ-POPバンド「King Gnu」も、

音大で声楽を選考していたメンバーが歌っているので、声楽っぽい要素と音域の広さを感じますが

クラウス・ノミも、そんな感じだったのかなと想像しています。

 

基礎をしっかり積んでいる方の”くずし”はカッコイイですからね!

 

クラウス・ノミが世間に注目され始めた時代

クラウス・ノミ

クラウス・ノミのパフォーマンの噂をききつけたのが、ミュージシャンの「デヴィッド・ボウイ」

 

デヴィッド・ボウイが彼にコスチューム・デザインとNBC TV 「サタデー・ナイト・ライヴ」のバック・コーラスを手伝ってくれるように依頼したことから、クラウス・ノミの人生が大きく動き出します。

 

この番組への出演で、クラウス・ノミはより一般に注目されることになったのです!

 

「クラウス・ノミ」の作品は?

アメリカではレコード契約に至ることはありませんでしたが、1981年にフランスのRCAと契約。

 

同年1981年に、ファーストアルバムのオペラ・ロック(Klaus Nomi)』を発表します。

 

翌1982年には、シンプル・マン(Simple Man)をリリースしますが、

実はこの頃には彼の体はすでにエイズに蝕まれていて、こちらの「Simple Man」がラストアルバムとなってしまいました。。

 

1983年夏8月6日夜、エイズ発症のため39歳の若さで短い人生に幕を下ろしました。

クラウス・ノミの遺灰はニューヨークの街に撒かれたそうです。

 

彼は同性愛者でしたが、この頃はエイズが「ゲイの癌」として忌み嫌われていた80年代初頭。

 

著名人第一号患者として、誹謗中傷にさらされていた彼は、音楽での成功を求めながらも心はとても傷ついていたに違いありません。

 

あの奇抜な姿も、内面の葛藤や強い想いの表れだったのかもしれませんね。

 

日本でのクラウス・ノミ

日本では「パルコ」や「石橋楽器」とのコラボレーションや、「セイコー」のCMに登場していたクラウス・ノミ。

当時を知る方は、記憶に残っている人も多いのかもしれません。

 

1976年春から1980年初夏に放送されていたラジオ番組『スネークマンショー』にも、

クラウス・ノミの「コールド・ソング」が使われていたので、それをきっかけに彼の名前を知った方もいるのではないでしょうか。

 

江口寿史氏の漫画「ストップ!ひばりくん」の中でも、彼のキャラクターが使われたりと、

どうやら日本でも一時、“時の人”として話題を呼んでいたみたいです。

 

生まれる前なので当時の様子が分からないのが残念ですが、、

彼が印象的すぎて、今後忘れられない人になりそうです。

 

まとめ

ドリームマッチ2020

奇抜で印象的な姿とは裏腹に、

亡くなった後、その存在を知る者はきわめて少なくなり表舞台からは完全に消えたと思われていたクラウス・ノミ。

 

2005年に、関係者などの証言などを集めたドキュメンタリー映画「ノミ・ソング」(The Nomi Song)が製作、上映され、再び注目を集めました。

 

それから15年経った2020年。

 

今回のドリームマッチ2020で「塩の魔神」のモチーフとして、またしても世の中に姿を表しました

 

塩の魔神がバズればバズるほど、彼も再び注目されることになりそうです^^

 

<おまけ>
ドリームマッチ2020の塩の魔神と醤油の魔神▼

 

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